能「無明の井」

丁度夕方、降り続いた雨が上がり、国立能楽堂中庭では、公演協賛の日本酒お味見会。お食事にも「純米酒」「大吟醸」がグラスで付き、純米酒は、まろやか、お味も美味しい感じでいただきやすかった。大吟醸は、ぴりぴり痺れるような口当たりで、辛っ。ねこ用は純米酒に決定!?購入することもできたようですが、よくわかりませんでした。予約かも。
お能の配役変更に、びっくり。むすっ。シテ:桜間金記→粟谷能夫。さらに、見所はすきすきで、席の前がbigな方でしたので、後ろに移動。ようく観えて満足。


「無明の井」は、鑑賞的には終り頃がよかった。全体に地謡は響きもよく言葉らしく聞こえて理解も出来たが、ドナーの男の幽霊が何を言っているのかあまり聞き取れなくて、見る意欲が持続できなかった。「医師が、くろがねの刃物で胸を割き内臓をとる」というところから、引き込まれた。「耳には聞こえていても動けない。叫べど声は出ず。自分は生きているのか、死んでいるのか」 実に実に恐ろしいことだ。この辺りでやっと動きがあり、よかった。
シテの幽霊はその手術の場をあとにして消え、残されたレシピエント(被提供者)の女は、「その後しばし永らえて、仮の命を継いで、ついにむなしくなりにけり」と静かに静かに去っていくところが、なんともやるせない吸引力で、このお能のすべてと感じた。
地球や宇宙の一瞬の間の人の生を、いじってあがいて、遅かれ早かれ、同じ露となる。いささか饒舌な女であったが、終りが良いので、OKとしよう。
始まりの、枯れて水もない井戸に桶を提げて里女が現れ「閼伽にてはあらず」とかいう設定が怖くてなかなかいい。また、ドナーの男が、海難事故で脳死というのも意外だ。
途中眠かったが、笛の六さまに珍しく翳りのある風情があって、小鼓、大鼓も合って、太鼓は少なかったが、お囃子よかった。