杉たてるかど

源氏物語の変貌―とはずがたり・たけくらべ・源氏新作能の世界源氏物語の変貌」 久富木原 玲 著  (株)おうふう 発行
       ー とはずがたりたけくらべ・源氏新作能の世界 ー


お能「三輪」にある『わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらいきませ杉たてるかど』(古今集 よみ人しらず)周辺のおもしろいことを読んだ。
p.15
源氏物語 須磨巻 から取り、それは更に白楽天の『新草堂ハ石ノ階ト松ノ柱ニ竹編メル墻』に拠る所の、
 「竹の垣松の柱は苔むせど花のあるじぞ春さそひける」
                  (拾遺愚草 花月百首 定家)
 「今は我松の柱の杉の庵に閉づべきものを苔ふかき袖」
                  (正治百首 新古今集 式子内親王

二首に共通するものは「松の柱」と「苔」であるが、定家が、粗末な住居ながら花のあるじとしての華やかさを出しているのに対し、式子は、出家の身(自分)を侘しい山家に閉じ込めるような内向的な詠み。
「杉の庵」は「杉たてるかど」から。「とぶらい(訪い)きませ」とは言えない出家の身にもかかわらず言いたい、あくがれ出ずるような心を抑え、忍ぶ恋の心を秘めた作である。定家にとって「松の柱」は原型通りの粗末な柱だが、式子には「待つ」女が寄りかかる柱の趣をも帯びている。

能「三輪」の「恋しくは」「とぶらいきませ」は元々恋の歌なのだ。僧が相手なので深く考えなかったが、重々しく暗く言う所ではないのは明らかだ。それにしても謡は、一つの歌をよくもまあ、ばらばらに散りばめたものだ。